~青の龍の背を追って~

中日ドラゴンズと某国擬人化漫画をこよなく愛し応援しつつ語ります。

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今年も春は訪れて…


3.11


「さんてんいちいち」

私はこの呼び方が正直、あまり好きになれません。
多分、某ニューヨークのテロ事件を連想させられるからでしょうね。
どちらにしても衝撃的な出来事には変わりありませんけれども。

そんなことはさておき。


二年前、東日本大震災が起きた日。

去年はお城で、今年も偶々でしたが、お城で黙祷を捧げることになりました。
武将様と陣傘隊と共に。

北東方面に向かって(あーこれは去年はできなかったなぁ…背を向けてたなぁ去年は/爆)


この二年を振り返れば私は震災のことを思い出すことはなかったなと思います。


だって忘れてはいませんでしたから。

忘れていないものを思い出すことはないでしょう。


やっぱり日々の生活に追われてても何か忘れられなかったですよ。
それはニュースであったり、仙台や岩手や東北の地名が出てくればどうしても
震災のことが頭をよぎってましたし、忘れられないものです。

だからといって何をしていたかといえば大したことはしてないです。


強いて思い出すと言えば…。


被災した仙台を拠点としていた楽天イーグルスとの
ナゴヤドームでのチャリティー試合で、試合前に義援金を募るところに
楽天の選手達も立ってくださった時のことですかね。

あの時の楽天の選手達の…特に若手選手ですね。
選手達の悲痛というか悲愴な表情は未だに忘れられません。

あの表情を目の前にして安易に頑張れなどと声をかけられませんでした。
気持ちだけ箱に入れて、ただ黙って一礼だけすることしかできませんでした。

私としてはあの時、初めて被災された方を目の当たりにしたのです。

その時いた楽天の選手達は震災当日、仙台にいたわけではありませんが。
間違いなく被災された方々と同じ気持ちだったと思います。

何か一言だけでも声をかけたいと思っていましたが、
あの表情を前にしては何言ってもおこがましいように思えて…
でも何も言えなかった自分が悔しいと今では思いますね。



そして私個人にとっても二年前の今日という日はやりきれないことが起きていた日でした。
一年前にも二年前にも書いておりましたが。

共に働いていた同い年の同僚が突然、亡くなった日でもあります。

震災とは関係ないのですが。
震災の日の未明に亡くなられたという話を後で聞いてしまい。
それ以来、どうしても震災の日というとこの方のことを思い出してしまいます。

特別、親しいわけでもありませんでしたが、
隣同士で机を並べて仕事していたくらい身近な人、そして同い年という若さで、
そんな残念なことになってしまったことへの衝撃とやりきれなさ。

震災へのショックがあった中での知らせでしたので尚更でしたね。

会社の都合かなんかで、私はお通夜もお葬式も行けませんでした。
少し落ち着いたところで同じチームだった方々と共に手を合わせにだけ行かせて貰いました。


毎年、この時期には必ず思い出すのでしょうね。
そして震災で亡くなられた方々へもそうですが、共にその方へも祈らずにはいられません。


震災の犠牲になられた方へ

そしてその同僚に心よりご冥福をお祈りいたします。



そして今も大変な中で頑張り続けていらっしゃる方々へ

何も出来ていない私が何を言えるわけでもありません。
何をしていいかさえまだちゃんとわかっていない私が何を言えるのかわかりません。

でも私はあの日を忘れてません、忘れられません。


あの日、生きていてくれてありがとう。

あの日から、生き抜いてきてくれてありがとう。


あの日、生き抜いてくれた貴方達がいたからこそ絶望が希望に変わりました。

死者、行方不明者の数がどんどん増えてゆく中で、
被災していない私たちが感じていたどうしようもない悲しみとやるせなさと絶望感。

そんな時、困難な中で必死に頑張る貴方達がいたから希望が生まれたのです。

だから私が贈る言葉、贈りたい言葉は。



生きていてくれて ありがとう



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